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Change The Cycle Report
新しいサイクルをつくる、みんなのレポート

レポートMV

REPORT

2026.06.01

米富繊維が編み直す、アパレルの商流。「作る」と「売る」をもう一度つなぎ直し、ファッションのある生活へ

日本のアパレル産業では、「作る」と「売る」は分業が常識でした。工場は受注に応じてつくり、ブランドが価値を語り、店舗で生活者に届ける。その分業は合理的である一方で、つくり手が売り場から遠ざかり、売り手がものづくりの現場から離れてしまう構造でもあります。

その前提を解きほぐし、新しい商流を手繰り寄せている老舗企業があります。山形のニットメーカー・米富繊維株式会社です。1952年創業の工場でありながら、自社ブランドを育て、工場内に直営店「Yonetomi STORE」をオープン。作り手も経営者も、スタッフとして売り場に立ち、自社のプロダクトを生活者に届けています。

「作る」と「売る」をつなぎ直してきた15年の実践の先に、「ファッションは生活なり」という言葉が息づき、サーキュラーなものづくりが立ち上がっていました。「KISARAZU CONCEPT STORE(以下、KCS)」でのポップアップ出店をきっかけに、今回は、代表取締役社長の大江健さんに話を伺いました。

大江 健(おおえ・けん)
米富繊維株式会社 代表取締役社長。山形県生まれ。上京後、ファッションマーケティングやデザイン、ファブリックを学び、大手セレクトショップで販売員として勤務。2007年に米富繊維に入社し、2010年にファクトリーブランド COOHEM を立ち上げる。その後 THIS IS A SWEATER.、Yonetomi へと展開。工場と売り場の距離を縮めるブランド運営、EC、直営店づくりを一貫して進めている。

ファクトリーブランドという選択

ーー米富繊維さんは単に「自社ブランドを持つ」こと以上に、アパレル産業の構造そのものに向き合っている印象があります。大江さん自身、昨今のものづくりをどのように捉えていますか。

大江:
日本のアパレル製造業は「作ること」に寄りすぎていると感じています。OEM*は受注いただいたものを作って納めることが基本で、もちろんそれは必要な仕事です。でも、自分たちで在庫を持たないし、販売も基本的にはしないので、売り場やお客さんとの距離がすごく遠くなりやすい。私はもともと販売の仕事をしていたので、米富繊維に入ったとき、同じファッションでもまるで違う世界だと感じました。

大江:
小売の側にいると、一つの商品がお店に並ぶまでにどれだけ多くの人が関わっているか、なかなか見えません。逆に作り手である製造の側にいると、自分たちがつくったものが、誰にどう届いて、どう選ばれているのかが見えにくい。その距離を縮めていくことが、自分がここでやってきたことだと思います。ブランドをつくることも、ECをやることも、店を持つことも、全部その延長線上にあります。

ーーその実践のひとつが、自社ブランドの展開だったんですね。

大江:
はい。米富繊維はもともと、ニットテキスタイルの企画開発やOEM・ODM*で培ってきた技術があります。でも、いい技術があるだけでは、お客様にはなかなか伝わらない。だからこそ、自分たちの技術を自分たちの言葉で伝えて、自分たちで届ける必要があると思いました。2010年に立ち上げた「COOHEM(コーヘン)」はそのひとつの答えでしたし、その後の「THIS IS A SWEATER.」や「Yonetomi」も含めて、「作る」だけでなく「どう届けるか」まで責任を持とうとした流れの中にあります。

*OEM・ODMとは
OEMとは、ブランド側が商品の企画・設計を行い、製造のみを外部メーカーに委託すること。ODMとは、商品の企画から設計、製造までの全工程を外部メーカーに一任すること。

大江:
自社でファクトリーブランドを持つこと自体が目的ではなくて、「作る」と「売る」を同じ線の上で考えられるようにすることが大事なんです。そうすると、いつ、どのくらいの在庫を持つべきかとか、どういう商品が生活者に届いていくのかとか、発想の出発点も変わってくる。工場の中だけでは生まれなかった考え方が、売り場に近づくことで少しずつ出てきた感覚があります。

ーー同業者から「米富繊維みたいなブランドをやりたい」という相談も多いのでは。うまくいくためのポイントはどこにあると思いますか?

大江:
よくあるファクトリーブランドの話だと、デザインも卸売の営業も全部外部に委託して、ブランドを運営するスキームです。それ自体は別にダメではないと思います。でも、そもそもなぜブランドが必要なのかという根っこを考えていくと、「作る」と「売る」を切り離して考えてしまうのが、一番の問題になりやすい。

大江:
セレクトショップ等への卸売の営業をエージェントに任せていても、直営店だけは自社のスタッフで運営しようとか、イベントだけは自分たちで出ようとか、常に売り場に自分たちが関わり続けることが大事だと思います。そこが切り離されると、どうしても「受け身のものづくり」に戻ってしまいます。

「ファッションは生活なり」を実践する

ーーYonetomi STOREには「ファッションは生活なり」という言葉が掲げられています。この言葉は、いまの米富繊維にとってどんな意味を持っていますか。

大江:
創業者が遺した言葉なんですが、今すごく大事だと感じています。山形県は日本で初めて「百貨店がなくなった県」なんですよ。ご存知でしたか?私自身、東京から家族でUターンしてきて、洋服を見る場所がない......という日々を過ごしていました。フラッと服屋に入って見る、という習慣自体が失われてしまっているんですよ。だからこのストアは自社の商品以外もセレクトしています。

大江:
このストアがオープンしてからは、お客様に「素敵なんだけど、着ていく場所がない」と言われることも多くて。でも、ファッションって特別なシーンだけじゃなくて、日々の暮らしの中にあるものですよね。何も買わなくても服を手に取って見るだけでもいい。売り場を持つことは単なる販路づくりではなくて、ものづくりを生活に接続し直すことなんだと思います。

ーーその実践は、直営店だけではなく、街に対しても開かれていますよね。「YAMAGATA FASHION MARKET」もそのひとつでしょうか。

大江:
はい。同じ頃に山形にUターンしてきた人たちが古着屋を始めたり、ピザ屋を始めたりしていて。彼らと話していくなかで、一緒に山形で面白いもの、カッコいいもの、美味しいものに出会える場をつくりたい、という思いから始まりました。ファッションを「買う」以前に、「楽しむ」回路を地域の中にもう一度つくりたいという感覚に近いですね。

YAMAGATA FASHION MARKETは、Yonetomi STORE前の駐車場と店内を会場に開かれる「ファッション蚤の市」。地域の中でファッションを楽しむきっかけを育てています。

ーー製造スタッフも売り場に立つと聞きましたが、実際どんな変化がありますか。

大江:
最初は販売経験者を採用すべき、と考えはしたのですが、服屋がないから経験者が見つからなくて(笑)。そこで、全社員から立候補で店頭スタッフを募集したら、これがうまく回っていて。いつもと違うポジションが刺激になったり、お客様との会話を楽しんでいたりと、良い状態でストアを立ち上げることができました。

一方で、役職者は月1回、週末の店頭勤務を必須にしています。お客様と向きあい、自分たちがつくったものがどう選ばれているかを見ているうちに、売上データやAIの分析では得難いリアルな「私たちのお客様」を肌身で理解できる。

大江:
たとえばカシミヤのセーターの発売日に、オンラインでも買えるのに、東京から6時間かけて車で来て、そのまま買って帰るお客さんがいる。真夏なのに、カシミヤセーターを抱えて観光しに行く人もいる。そういう現場を知ると、ものづくりに対する納得感が変わっていくと思います。資料を作って朝礼でプレゼンするよりも、売り場での一瞬に全て詰まっていたりする。

いつしか、眠っていた残糸も循環しはじめた

ーー米富繊維さんの取り組みは、サーキュラーなものづくりという観点でも注目されています。ただ、最初から「循環」を掲げて始めたというより、「作る」と「売る」をつなぎ直してきた結果として見えてくる部分が大きいのかなと感じました。

大江:
これまで製造過程でどうしても余ってしまう糸、いわゆる残糸をうまく活用するのは難しかったんです。糸として販売したり、次のコレクションで使えそうな色だけ少し使ったり、という状態で。ニットはさまざまな種類の糸を使うので、卸で製造する場合、過不足なく使い切ることはできません。

残糸は色も量もバラバラで、同じ色でも微妙に差がある。そういうものは展示会を前提にした卸売には向きにくいですが、自分たちで売る場があれば、それを魅力として見せることもできます。

ーー「 THIS IS A SWEATER.」「Yonetomi」ブランドは、コロナ禍という逆境の中で立ち上がったと聞きました。

大江:
はい。受注がなくなって、工場が止まってしまうかもしれない、という状況の中で生まれました。入社して初めて「作るものがない」という経験をしましたね。製造業って、注文をいただいて初めてものづくりのサイクルが始まるので、小売でいえばお店をクローズしている状態と一緒ですよね。

そこで、工場に残っていた残糸を使って商品をつくり、まず工場を止めないようにしようと。そこから、自分たちでポップアップに出店させてもらったり、ECを始めたり、と動き続けたんです。振り返ってみると、それまで少しずつ進めてきた「作る」と「売る」をつなぎ直す流れの中に、自然に乗っていたんだと思います。

ーーだからブランドとして続いて、結果としてサーキュラーなものづくりにもつながっていったんですね。

大江:
そういう意味では、OEMやODMの受注も欠かせない循環のひとつです。自社ブランドだけに注力しているわけではありません。というのも、例えば「Yonetomi」は残糸が集まったらまとめて製造をするので、残糸がでないと在庫を持つことができません。

こういうものは卸売には向きにくいのですが、自社のストアができて、ポップアップなどの機会が増えたことで、まとめて作って継続的に出していくという循環が機能するようになりました。残糸活用も、何か特別なことをしようというより、暮らしの中でちゃんと着られるものに落とし込んだからこそ続いているのかもしれません。

木更津でひらく、新しい出会いの回路

ーー以前ポップアップで出店いただいていた「KISARAZU CONCEPT STORE」は、米富繊維さんにとってどんな存在ですか。最初は「アウトレットの中」ということで、ブランドとして迷いもあったのでしょうか。

大江:
正直なところ、最初は迷いがありました。というのも、うちのブランドはセールをやらない方針なので、お客様に喜んでもらえるんだろうか、と。でも実際に空間を見て、いわゆるアウトレットとは違う場だと理解できました。通常アウトレットはお目当てのブランドに行くと思いますが、KCSはデザイナーズブランドも、セレクトショップのオリジナルラインも、基本的に同じように扱われている。限りなく服とお客様がフラットな出会いができる場になっていますよね。

KCSでの米富繊維のポップアップの様子

ーー実際に、KCSやポップアップを入り口に、山形の直営店へ来るお客さまもいるそうですね。

大江:
はい。KCSで初めて米富繊維を知って、山形まで来てくださったお客さんもいます。時間と労力をかけてストアまで来てくださるのは、価格が第一じゃないからだと思うんです。それに、KCSでは基本はお客様自身が服と向き合うためにスタッフが前のめりに接客をしないスタイルなので、そういう場で自分たちのものづくりがどう受け取られるのかを見ることは、僕らにとっても新しい発見がありました。

大江:
やっぱり、「作る」と「売る」をもう一度つなぎ直すことだと思います。工場がつくるだけで終わらず、売り場を持ち、生活者と直接つながる。その中で、ベーシックな服の価値も見えてくるし、残糸も結果として活かせるようになる。ファッションって、やっぱり生活の中にあるものなので、その実感を持ちながらものづくりを続けていきたいですね。

潜入!写真でめぐる「米富繊維」工場見学

米富繊維さんでは、毎月工場見学を実施されています(事前予約制)。今回私たちもインタビューの後、工場見学をさせていただき、ニットの編地の設計図(デザイン)から、ニットが編まれ、あらゆる手仕事と高い技術によって服になっていく現場を間近で拝見させていただきました。
普段、デザインや肌触り、着心地などを含めて何気なく手に取り着用していたニットが完成するまでの工程を一つ一つ拝見させていただくことで、ますます愛着と大事に着たい思いが強くなりました。
ものづくりの現場を実際に目で見てお話を聞く体験は、日常の暮らしをより豊かにしてくれることを実感できる工場見学でした。

左がローゲージ(編目が大きく厚手)、右がハイゲージのニット。

工場には43台の大きな編み機がずらり。このうちローゲージの編機が18台と全体の約44%も占めているのは米富繊維の特徴の一つ。

画面のカラフルなセルは、いわば編地の設計図。編み方をデータ上で柄組みをし、これをもとに編機で編んでいきます。

さまざまな色の糸を組み合わせ、大きな編機の中で糸が紡がれ、編地として仕上がっていきます。

米富繊維さんには「編地開発室」という部署があり、常に新しい編地(テキスタイル)を開発し続けています。編地開発専用の編機もあり、日々試行錯誤を繰り返しながら新たなチャレンジをされています。この日も新たな編地を開発中。

編み立てられた生地をパーツごとに裁断。この裁断の際に発生する端材も無駄にはしません。

端材はカードケースなどの小物に変身。

さまざまな編地から洋服のパーツができあがったらリンキングという工程へ。前見頃や袖などパーツごとに編みたてられたニットを繋ぎあわせていく作業です。この日は作業をされているスタッフさんがいらっしゃらなかったのですが、機械を拝見させていただきその手仕事の細やかさに驚きました。

こちらはニットのデザインするチームの一角にある糸のサンプル帳。太さや色味など膨大な種類の糸の中から、一つ一つ選びデザインに落とし込んでいきます。

工場をのぞかせていただいたからこそ知れたことの一つは、編地の製造工程でどうしても出てしまう端切れの存在。どの生地を編んでも必ずはじっこを切り落とすので、発生してしまうそうです。この端切れを使ってKCSでなにかワークショップができそうな予感です。

取材を終えて

工場がつくり、ブランドが語り、店が売る。そんな分業が当たり前だったアパレルの世界で、米富繊維さんはその境界を自ら編み直していました。印象的だったのは、「作る」と「売る」を近づけることが、単なる事業拡張ではなく、ものづくりの意味そのものを更新していたことです。

店頭に立つことでつくり手の実感が変わり、生活者との距離が縮まり、その延長線上で残糸の活用まで自然につながっていく。コロナ禍という危機が、実は長年積み上げてきた「つなぎ直し」の流れに乗るかたちで、新しいブランドを生んでいた——そのことに、取材後もしばらく考えさせられました。

KCSもまた、そうした実践が社会と出会う入口のひとつでありたいと、あらためて感じました。木更津での出会いが山形の直営店へ、そして日々の暮らしへとつながっていく。その小さくても確かな循環を、これからも売り場から育てていきたいと思います。

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