Change The Cycle Report
新しいサイクルをつくる、みんなのレポート

REPORT
2025.12.22
3千万年のプロセスを20分で再現!?日本発・バイオコークス技術が拓く、循環型社会
「ゴミ」か「資源」か——その境界線が、今、曖昧になりつつあります。
クローゼットで眠っている古着や、抽出した後のコーヒー残渣(ざんさ)、自然災害で倒れた街路樹。これまで環境負荷やコストをかけながら捨てられていたものが、底をつきそうな化石燃料に変わる新しいエネルギーとしての可能性を示します。
そんな技術が、日本で生まれ、実用化が進められています。訪れたのは、札幌と新千歳空港の間にある恵庭市。近畿大学バイオコークス研究所で、この技術を開発した井田民男所長にお話を伺いました。

地球の3千万年のプロセスを、20分で?!
ーー「バイオコークス」という言葉自体、初めて聞く方も多いと思います。まずはどんなものか教えていただけますか。
井田民男所長(以下、井田):
バイオコークスはあらゆる植物(バイオマス)から作る新しい固体燃料のことで、石炭や灯油など化石資源に取って代われる再生可能エネルギーです。聞き慣れない人も多いと思いますが、2015年頃にはすでに電子辞書にも載っているんですよ。

バイオマスとは生物由来の有機性資源で、植物や動物から得られるもののこと。石油は一度使えばなくなりますが、バイオマスは太陽と水と二酸化炭素があれば持続的に再生できる資源と言えます。
ーーバイオコークスはどうやって作られていますか。
井田:
特徴的なのは、自然界で何千万年もかかる化石燃料の生成プロセスを、20分から1時間ほどで再現できることなんです。
ーーそんなに短時間で!
井田:
カギになるのは「亜臨界水」という特殊な状態の水です。普通、水は100℃で沸騰して水蒸気になりますよね。でも、20MPa(メガパスカル)という高い圧力をかけると180℃でも液体のまま保てるんです。この状態の水は極めてエネルギーをため込みやすくて、バイオマス同士を短時間で結合させることができます。

バイオコークス研究所内にある装置。粉砕〜乾燥させたバイオマスを成型するための反応シリンダーにいれる。

赤い装置でバイオマスの体積が10分の1になるように加圧する。さらに180℃の低温で加熱する。

加圧しながら冷却して、約30℃で取り出したら完成!
井田:
地球の歴史を振り返ると、バイオマスが泥炭になって、地殻変動で地中深くに沈み、マグマの熱と圧力で3千万年から3億年かけて石炭や原油になっていきます。私たちはこのプロセスを人工的に再現しているんです。

ーー地球の歴史を圧縮するような技術なんですね。実際にはどんなものが原料になるんでしょうか。
井田:
ありとあらゆるバイオマスが使えます。一番身近なのは抽出した後のコーヒー残渣でしょうか。あるカフェチェーンとの取り組みで、コーヒーかすからバイオコークスを作りました。そのバイオコークスを使って、コーヒーかすを乾燥させるためのエネルギーに利用することで完全循環システムを実現しています。自分自身がエネルギーになって、ぐるぐる回っていくんです。

ドリップバッグのフィルター部分もバイオコークスの原料になる。
井田:
他にも、松ぼっくりやリンゴの皮、琵琶湖の藻、規格外で廃棄される食品、花屋で廃棄される茎、使わなくなったウイスキー樽など、あらゆるものが原料になります。


研究所の敷地にもたくさん落ちていた松ぼっくり。これからバイオコークスになるかの実験準備のため、細かく粉砕されている。
ーー身の回りにあるものばかりですね。衣類も原料になると聞きました。
井田:
そうなんです。デニム生地なんかも使えます。今のデニムは30%くらいナイロンが入っていることが多いんですが、それでも鉄を十分溶かせるバイオコークスができます。

デニムで作られたバイオコークス。断面には繊維が残り、手触りもデニムの質感が残る。
井田:
他にも、工場の作業着や飲食チェーンのエプロンのように古着買取に持ち込めない衣類もありますよね。先程のカフェチェーンのように、自分のところで循環させている事例はまだまだ少ないのが現状です。


文化服装学院からは毎年約200キロの端切れを引き取っています。
ーー作られたバイオコークスは、どんなふうに使われていますか。
井田:
主な用途は二つあります。一つは鉄鋼分野での産業用。もう一つが薪ストーブの燃料のような民生用です。
ーー鉄鋼業というと、少し遠い世界のように感じてしまいます。
井田:
実は意外と身近なんですよ。街に建っているビルやマンション、橋や鉄道のレール。H型鋼と呼ばれる鋼材は、私たちの暮らしを支える社会インフラに使われています。これらを作るために、鉄を1500℃で溶かすアーク炉(電気炉)が使われます。1時間に100トンもの鉄を溶かす炉ですので、多くのエネルギーが必要です。
ーー新しい家やビルが建つたびに、その素材を作るためのエネルギーが必要なんですね。
井田:
そうなんです。大工さんが働くだけじゃなくて、もっと素材の部分、鉄を作るためのエネルギーも必要です。そこでバイオコークスが使われれば、循環型社会の実現につながります。

これまで100%石炭コークスを使っていたCO2の排出量が課題視されていました。石炭コークスの一部をバイオコークスに変えることでCO2排出量を直接削減を可能にします。
ーー産業エネルギーは特に、環境負荷への責任が問われるかと思います。環境面でのメリットについて教えてください。
井田:
バイオコークスの最大の特徴は、「カーボンニュートラル」であることです。燃やすとCO2は出るんですが、原料が植物由来なので「グリーンカーボン」として扱われます。
植物は成長する過程でCO2を吸収しますよね。だから短いサイクルで見れば、大気中のCO2の総量を増やさないんです。石炭の一部をバイオコークスで置き換えた分が、CO2削減量として計算されます。

ーー植物が吸収したCO2が、また空気中に戻るだけということですね。
井田:
その通りです。化石燃料は何億年も前に地中に固定された炭素を掘り起こして燃やすので、大気中のCO2を増やしてしまいます。でもバイオマスは、数年前に成長した植物が吸収したCO2を循環させているだけなので、実態としては増えていないという考え方です。これが大きな違いです。

500年後に残せるエネルギー
ーー日本のエネルギー事情について、井田先生のお考えを教えてください。
井田:
日本の鉄鋼分野では、石炭を100%輸入に依存しています。エネルギー自給率という観点から見ると、非常に脆弱な状況ですね。だからこそ、バイオマスという国内でも調達可能な資源を活用することが重要になってきます。
もちろん日本国内のバイオマスだけでは足りません。国内で利用可能なバイオマスは年間約800万トンくらいですが、世界で必要な量は約300億トン、日本の経済規模から考えると約70億トンを担う責任があるとされています。そこで、タイやマレーシアなど海外でバイオマスを確保・加工して輸入する計画も進めています。

井田:
もう一つ、私が特に力を入れているのが「備蓄型の循環社会」の構想です。
ーーエネルギーの備蓄、ですか。
井田:
そうなんです。1973年のオイルショックを機に、日本は危機感を憶えてエネルギー備蓄を進めてきました。でも、原油は備蓄できても、石炭や天然ガスは備蓄できないんです。石炭は保管中に自然発火するリスクがあるため、長期保存に向いていません。

井田:
バイオコークスは製造から15年経過したサンプルでも経年変化がほとんど見られず、約500年間以上保存可能なんです。これは革命的なことなんです。
ご存知の通り、日本の石油はごくわずかな採掘量しかありませんし、保存に適した場所がないのも現実です。地上タンクでの備蓄には限界があります。でもバイオコークスなら、固体燃料として地上で長期間安定して保管できます。

原料となるバイオマスは体積が約10分の1になるように加圧されるため、コンパクトなサイズに。
ーーエネルギーを備蓄するという視点は、新しいですね。
井田:
食料の備蓄は当たり前にみなさん考えると思いますが、エネルギーの備蓄はあまり議論されないんです。でも、エネルギーがなければ何も動かせません。電気を作るにも、調理するにも、すべてエネルギーが必要です。
日本の人口は将来的に減少し、江戸時代の規模になれば国内燃料で自給自足が可能との試算もあります。
一方、世界の人口は最大120億人に達すると予測され、約200年後にはエネルギー不足が深刻化するリスクがあります。
ーー長期的な視点での備蓄戦略なんですね。
井田:
そうです。将来的には、バイオコークスを「エネルギーの貯金」として備蓄する社会を作りたい。約500年保存できるということは、今作ったものを次の世代、さらにその次の世代が使える。そんな持続可能なエネルギー循環の仕組みを構築することが目標なんです。
ーーバイオコークスはほとんど弱点が無いように思えますね。現時点で課題があるとすれば何ですか。
井田:
やはり製造規模の拡大が課題です。現在の国内生産量は約1万トンと、需要に対して不足しています。海外での生産拠点の確保を進めていますが、やはり機械設計の開発者が少ないことは継続的な課題です。

バイオコークス溶解能力実証施設を見学させていただきました。


エネルギーも地産地消が現実に
井田:
今、特に力を入れているのが、地域での循環モデルです。ある自治体では、50年前の古い上下水道管を掘り起こして、下水汚泥をバイオマスと混ぜてバイオコークスを作り、そのバイオコークスで古い鉄管を溶かして新しい上下水道管を作っているんです。
ーー地域の中で、上下水管が生まれ変わるんですね。
井田:
そうなんです。まさにエネルギーの地産地消です。このプロジェクトを発表した途端に、地方自治体が抱える課題に取り組む多くの市町村から続々と問い合わせがありましたね。

井田:
もう一つ注目しているのが自然災害との関わりです。ある地方自治体では台風で倒れた街路樹をバイオコークスにして、銭湯の燃料として活用する検討を行っています。他にも、倒壊した家屋からでる木材を資源として活用する取り組みも始まっています。
ーー災害で発生した木材を、地域のエネルギーに変えるんですね。
井田:
日本は地震や台風、水害など災害が多い国ですよね。従来は被災家屋の廃材は処分コストがかかっていましたが、バイオコークスにすれば地域の銭湯や温浴施設の燃料になる。復興の過程で出る木材が、地域の人たちの暮らしを支えるエネルギーになるんです。

井田:
南海トラフに備えるある県では、備蓄用に海水に濡れても使える燃料の検討も進んでいます。津波で浸水しても使える燃料があれば、災害時のエネルギー確保につながります。
ーー防災をふまえた、意味のある取り組みですね。
井田:
地域で出た木材を地域のエネルギーに変えて、地域の人たちの暮らしを支える。今までは環境負荷をかけながら、処分していたものが資源に変わる。こうした循環が当たり前になれば、バイオマスの地産地消とともに、防災にもつながると思います。

ーー民生用途としては、どんな使い方があるんでしょうか。
井田:
薪ストーブの薪の代替として人気が高まっています。薪って、実は結構大変なんですよ。2メートルくらいの木を切って、約2年間軒下で乾燥させる必要があります。その間に虫が入り込んで、家の中に持ち込むとカメムシなんかが飛び回ったりするんです。 それに対してバイオコークスは、薪が1時間ほどで燃え尽きるのに対して、2〜3時間燃え続けます。夜中に何度も薪を足さなくていいので、とても楽なんです。
ーー燃焼時間が長いのは便利ですね。
井田:
岐阜県の白川郷では、茅葺き屋根の古い茅をバイオコークスにする計画も進んでいます。
12月2日に実際に合掌造りの民家にて、薪で十分に火をおこした状態の囲炉裏に、茅バイオコークスを投入しどの程度燃焼するのかという実証実験を行いました。結果としては、すでに火が起きている状態の囲炉裏であれば問題なく使用可能であり、燃焼時間は約4~5時間と、薪よりも長時間燃焼することがわかりました。今後の本格導入にむけて検討すべき課題も見えてきたので、引き続き検証を進めていきます。

手前の薪の右側にある直径10cmほどの丸く見えるものが茅バイオコークス。あとは、今だとテントサウナの燃料としても人気なんですよ。
ーーより親近感が湧きますね。今日はありがとうございました。
取材を終えて
井田教授には以前、KCSにて開催された日本繊維機械学会の情報交換会の中で講演いただきました。
▼講演会のレポートはこちら
https://kisarazu-concept-store.com/report/report-13.html
今回の取材でじっくりとお話を伺うことができ、改めてバイオコークスの可能性の大きさに驚きました。また、エネルギーの地産地消や、備蓄するという発想もよりサステナブルな資源を真剣に考えるという点でとても印象的でした。どうしても処分せざるを得ない衣類の選択肢に、グリーンエネルギーという未来があることは素晴らしいニュースです。
KCSではこういった研究内容をより身近に感じていただけるよう、文化学園大学 服装学部ファッション社会学科と近畿大学バイオコークス研究所と共同で行っている、衣類から次世代再生可能エネルギーを創る研究を公開・展示するブースを開設しています。
https://kisarazu-concept-store.com/report/report-9.html
ぜひお買い物の合間にふらりとお立ち寄りいただけますと幸いです。
